【2585】 ○ 東野 圭吾 『虚ろな十字架 (2014/05 光文社) ★★★★

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『手紙』『さまよう刃』より重層的。"そっとしておいてあげれば良かったのに"と思ってしまう。

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虚ろな十字架』『虚ろな十字架 (光文社文庫)

 11年前、小学校2年生の娘を強盗に殺害された中原道正は、当時の担当刑事だった佐山の訪問を受け、今度は離婚した元妻の小夜子までも刺殺されたことを知る。小夜子殺害の犯人である68歳の無職の男・町村はすぐに出頭した。中原と小夜子とは、娘殺害の犯人・蛭川が死刑になることだけを望んで、裁判を一緒に戦った過去があった。そして、中原も小夜子も、「たとえ犯人が死刑になろうとも娘は戻らない」という虚しい事実に直面したのだった。蛭川に死刑判決が出た後に離婚した二人は、その後は互い連絡し合うこともなかったが、中原は、町村の死刑を望む小夜子の両親の相談に乗るうち、小夜子が離婚後も犯罪被害者遺族の立場から死刑廃止反対を訴え精力的に行動していたことを知る。それは、娘の死を乗り越えるためという目的は同じだったが、そのために中原が選んだ道とは正反対であった。自首してきた町村は情状酌量となりそうで、とても死刑判決は出そうにもない。しかし孫と、今また娘までも殺された小夜子の母は死刑求刑を願い、中原も元夫として関わって行くことになる。一方、町村の娘婿である慶明大学病院の小児科医・仁科史也は、町村の娘・花恵と離婚して町村たちと縁を切るよう母親から迫られていたが、なぜか断固としてこれに応じようとはしなかった―。

 「ミリオンセラーを記録し、映像化も評判となった『手紙』『さまよう刃』の二作から10年あまり。より深化した思索と、圧倒的な密度、そして予想もつかない展開。私たちはまた、答えの出ない問いに立ち尽くす」―と版元の口上にあります。『手紙』('03年/毎日新聞社)は犯罪加害者の家族の視点から書かれており、『さまよう刃』('04年/集英社)は犯罪被害者の視点から書かれていましたが、この『虚ろな十字架』は、両者の立場が交錯する重層的な構造になっており、更に、仁科史也をはじめとする登場人物が抱える過去を巡ってのミステリー(謎解き)的な要素も、以前の2作に比べて濃いように思いました。

虚ろな十字架ド.jpg 登場人物の中で"探偵"的な役割を果たしているのは、かつて娘を殺害され、妻と離婚し、今はペット葬儀屋を営む中原道正です。なぜ彼が、仁科史也が抱える過去の秘密に気づいたのかよく分からなかったけれど(こういうのはアガサ・クリスティの作品などでは珍しいことではないが)、テーマの重さと筋立ての巧みさのお蔭で、その点はあまり気になりませんでした。

 テーマは重いと思います。非情にやるせない結末ですが、死刑制度の在り方について(更に大きく捉えれば"罪と罰"について)何か結論的な方向へ持って行くのではなく、課題を投げかけるような終わり方になっているように思いました。但し、「うつろな十字架」というタイトルをわざわざ補足説明するかのように、「死刑は無力だ。娘を殺されたら、あなたは犯人に何を望みますか」とか、「憎む人間が処刑されたら気が済むのか!? そんなことなないでしょう 東野圭吾」と言った言葉が、広告のフレーズや本の帯にあったりしますが...。

 そうした言葉の影響を受けたわけではないですが、『手紙』『さまよう刃』と併せて見てみると、作者の基本的スタンスとして、過度の「不寛容」は新たな悲劇を招く恐れがあると警鐘を鳴らしているようにも思えました。犯人の死刑を望まない被害者家族は殆どいないと言われるし、死刑制度の最大の存置理由は、遺族の報復感情の充足にあるのではないかと個人的にも思っていますが(死刑制度が犯罪抑止力になったという統計的な裏付けはないし、当該犯人の再犯防止を図るのであれば「終身刑」制度の導入で足ることになる)、たとえ犯人が死刑になったとしても、中原のように後には虚しさだけが残るということもあるのかもしれません。この小説のやるせない結末は、逆に読者に、"そっとしておいてあげれば良かったのに"という感情を惹き起こさせるものでもあり(実際、個人的にはそうした感情に駆られた)、ズバリそれが作者の意図だったなどとは言い切れませんが、作品の1つのミソだったのかも。そうしたことも計算に入れて、敢えてラストで当事者に自首させる結末にしているように思いました。

【2017年文庫化[光文社新書]】

《読書MEMO》
●個人的評価
『手紙』...............★★★☆
『さまよう刃』......★★★
『虚ろな十字架』...★★★★

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